読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うえみずゆうき脳内議事録

うえみずゆうきのブログ。思ってもない本音など。

それを使って何をするのか

結局のところ「それを使って何をするのか」でしかない。

最後に問われるのは、思考の幅だとか深さなんだろう。

たとえば、「言葉」。 日本語だとイメージしづらいかもしれないので、英語を例にしよう。

あなたが、「英語」を知っている、話せるとする。でも、あなたに中身がなければ、英語が流暢に話せる意味なんてほぼない。というのも、「ハロー」や「グッバイ」ぐらいは義務教育で習っているし、実践的ではないにせよ、カタカナ言葉はかなり日本の中にも浸透している(イノベーションなんか言っちゃってる)。

ともすれば、英語というツールと併せて(というより、その前に)、伝える中身をつくっていくことが大切なんじゃないだろうか。

すぐに正解を求める現在の風潮から見ると、残念ながら「考えるということ」をやってないと言わざるをえないような人が山ほどいる。 別に偉そうなことを言うつもりはない。ぼく自身、思考の幅も深さも足りないと思っているし、そもそも一生突き詰めていく課題だと思っている。

ツールというのは、あくまでツールでしかない。 それを使って何をするのか、つまりどんな人間がどんな目的で…というような話になってくる。

「言葉」の例で分かりにくいなら、もう一つ分かりやすい例を出そう。 コピーバンドだ。

たとえば、「アジカンかっこええ!」とか言って、アジカンと同じ機材揃えて、楽譜通り演奏してもアジカンにはなれない。むしろ、痛々しい確率のほうがはるかに高い。 そういうことだ。

ツールや方法論を真似ることを無駄と言いたいわけではないが、ツールや方法論が同じ結果を導き出すとは到底思えない。 やはり、ツールはツールでしかない。

道具を揃えるのもいいが、自分は何者なのか考えながら生きていくことが大前提なのではないか。



www.uemizu.com